chapt. 4




 日が暮れても、お父さんもお母さんも帰ってこなかった。
 お父さんは仕事に行っているはずだった。お母さんが家を空けることはしょっちゅうだけれど、その場合でもあらかじめどこに出かけるかを告げないことはなかった。
 多分、お父さんとお母さんは、一緒にいるんだろう。どこかでお酒でも飲んでいるんだろう。
 どこに連絡したらいいかわからないし、やみくもに探したりはしなかった。両親とも子どもじゃないんだから、心配には及ばないに違いない。でも、子どもじゃないんだから、わたしに心配をかけるようなことをしてはいけない。やっぱり電話の一本も入れなくては。

 そうめんをゆがいて、それと余り物で簡単な夕食を取った。洗濯物を取り込んで、畳んだ。ひとりでお風呂を沸かして、入った。ひとりで布団を敷いて寝た。わたしも子どもじゃないんだし、ひとりで過ごすことに抵抗はない。食事をして、お風呂に入り、家のことを済ましたら、テレビを観て、一日終わってしまった。布団に入って、終わってしまった今日のことを思い出すことがあるんだろうか、あるとしたら、どんな形であるんだろう、と考えた。お父さんとお母さんに実は起こっているかもしれない事故や事件、ここを基点にして広がるこれからの不安定なことを思った。

 子どもの頃から寝付きがあまりよくなくて、布団の中で長い時間過ごした。寝る前もそうだし、目が覚めてからもなかなか起きられない。アメンボみたいに、眠りの水面に波紋を立てながら、沈むことも飛ぶこともなく、うつらうつら、すいすいと時間に手を引かれて滑っていく。寝返りもよく打つ。右に転がったとき、満月がガラス窓から覗いているのが見えた。ああ、何て黄色くて大きな満月なんだろう、と思ったら、月ではなくて月の光を浴びているヒマワリの花だった。ゆで卵を割ったみたいにほくほくとした黄色だった。中庭を見下ろし、見渡し、真夜中のいちばん深いところで、音もなく、中庭の支配活動を進めている。もちろん昨夜もいたヒマワリだけれど、今日は他に人がいないから存在感が増して感じられるのか、他に人がいないためにヒマワリの方で大胆になっているのか、わがもの顔で花びらを広げ、葉を伸ばしている。別にわたしは、対抗するつもりないから、と寝たふりをしているうちに、すっと眠りに落ちたようだった。

 朝、目が覚めると、中庭に面したガラス戸のすりガラスを透して、黄色くて丸いものがこちらに向いていた。中庭の角に植えられたヒマワリが、少し俯いた角度で見つめている。布団の上で上半身を起こして、右を向くと、まっすぐこっちを見ているヒマワリと顔を合わせることになる。中庭の中でヒマワリは、ジオラマの背景に立てられた太陽みたいに、中庭を照らしていて、本物の太陽はまだその上にあって、ヒマワリの影を生け垣に落としている。
 ヒマワリはこちらを見ているみたいだけれど、もちろんそれは、ひとつの目ではなく、複眼でもなくて、いずれたくさんの種をつけるところで、見るといっても脳もないんだから、目でありようがない。
 網戸を閉めているから、外から来た虫ではなくて、台所にもとからいたんだろう。ハエが一匹、二の腕にとまった。ヒマワリに比べたらこのハエの目は本物だし、小さいながらに脳もあるだろうから、わたしが何かは知らないにしても、わたしを見て、わたしにとまっている。

 お父さんもお母さんもまだ帰ってきていないみたいだ。バイトへは午後から行けばいいから、昼ご飯をまたひとりで作らなくちゃ。

(了)