chapt. 3




 六時半を過ぎて、店長が帰り支度を始めているわたしに、
「それ一本持ってって」
 と、クーラーボックスの中にある四等の景品の飲み物をくれた。
 一日六時間、時給七百八十円。わたしは、サイダーの瓶をつかんで、そのために置いてあるタオルで滴を拭いて、トートバッグに突っ込んだ。自転車にまたがって、家まで十五分。夕立が来そうだ。お母さんが窓を閉めて出たか、洗濯物を取り込んでくれたか、気にかかった。自転車をこいで少し汗をかいた。

 家に帰ると、案の定お母さんは、窓を閉めてもいなくて、洗濯物も出しっ放しだった。中庭に面した縁側に立った。
 中庭といっても、四畳半くらいの苔山のかたまりで、背の高い垣根に囲まれているから、四畳半くらいの空が見える。今日は、夕焼けにもならない曇り空で、どうやらこのまま日が暮れそうだ。夕立もまだ来ないから、台所でサイダーの栓を抜いた。吹き出した泡が手を濡らした。砂糖水は水よりもべたべたする。手と瓶とを流しで洗った。
 
 中庭には直径五十センチくらいの池があって、大きめの金だらいの方が大きいくらいだけれど、それは池で、セメントで周囲に石が固められていて、その石の上には、アマガエルがいるから、まぎれもない池だ。
「かがが、だって」
 と思い出して、わたしは笑った。泡を飲み込んだ感じがして、しゃっくりが出た。  
 垣根はL字に中庭を囲んでいて、残り二辺のLは幅の狭い濡れ縁になっている。古い造りの家なので、軒が低い。
 軒下の端の方に、空の鳥籠が吊してある。竹細工の綺麗な鳥籠で、そこで鳥を飼っていたのは、十年も前じゃないだろうけど、それくらいだ。わたしが小学生か、中学だったかもしれない。立派なものだし、他に置き場もないから吊されたままだ。でも、吹きさらしだから、以前のような艶も褪せてしまった。
 
 小さな十姉妹を飼っていた。それを籠の隙間から入り込んだ蛇が飲んだ。小鳥を飲んだ蛇は、腹がふくれて籠から出られなくなった。日曜日の朝だったと思う。家族の全員がいた。縁側に降ろしてあるそれを見た。父が、悪いわけではない母を怒鳴って呼びつけた。泥のような色でまだら模様のあるあまり綺麗な蛇じゃなかった。棒でつつきながら、毒のある蛇ではないと父が言った。だからみんな安心して籠の中を覗き込んだ。大きな蛇じゃなかった。ぷくんとふくれた腹が、蛇の腹でも中に入っている小鳥でもない、何か別のものに見えた。丸い籠の底でとぐろを巻いている蛇をくつろがせるためかのように、暴れたときに飛び散ったんだろう鳥の羽が籠の底に敷かれていた。蛇は、ときどき思い出したように、籠の隙間から頭を出してみるけれど、頭は出るものの、どうしても腹のところで引っかかってしまう。その謎が、蛇には理解できないみたいだった。逃げるために小鳥を吐き出そうなどという発想もない。二股に分かれた赤い舌が、線香花火みたいにチラチラと口の先から覗いていた。白い中に黒い点のある目は、全然困っていないみたいだった。
 
 家の中に流れていた空気をよく憶えている。わたしもかすかな憎しみを抱きながら、そのまま逃がされるなんてことはない、きっとこれからひどく残酷な殺され方をするだろう蛇を、ドキドキしながら見下ろした。父親のかわいがっていた小鳥だ。手加減はなしだ。今さら腹を割いても、あかずきんちゃんみたいには生き返らないだろう。惨状を広げるだけだ。
 その後のことを見ることはなかった。籠を手にした父親が外に出て、帰ってきたときには空になっていた。一言二言母と交わして、空の籠をそのままあったところに吊した。
 
 炭酸を飲むとときどき、しゃっくりが止まらなくなる。夕立はまだ来ない。来ないままで暗くなりそうだ。わたしはサイダーの瓶を足下に立てると、洗濯物を取り込むために、突っかけを履いて中庭に出た。