当てた年配の男性も子ども連れで、「やったあ、やったあ」と飛び跳ねていた子も、チラシを裏返すと、水をかけられたみたいに動きを止めて、段ボール箱を手に下げた男性、多分女の子のお祖父さんに、
「おもいでって何?」と聞いた。


chapt. 2


 濃いサングラスをかけている男性は、女の子のお祖父さんに見えたけれど、よく見ると、少し老けたお父さんといった方が妥当なようだ。子ども連れのお父さんにしては落ち着きすぎていたから、余計にそう思ったのかもしれない。女の子の影になって気が付かなかったけれど、右手に白い杖を持っている。そして、左手に今当選したDVDプレイヤーを提げている。女の子は、四歳か五歳か、まだ学校には上がっていないくらいに見える。「やったあ、やったあ」と飛び跳ねてはいたけれど、それが、このお父さんを傷つけることになるかもしれない、ということを判断できる年齢か、わたしにはわからなかった。でも、わたしは十分にそれが判断できる年齢に達していたから、「おめでとうございます」という言葉も思わず言い控えた。

 おもいでって何? と尋ねられたお父さんは、無表情に、思い出を呼び出す合図みたいに、杖の先で長テーブルの脚を軽く小刻みに叩いた。アルミのパイプの細い脚は、金属同士の割には響かないコンコンコンという乾いた音を立てた。もちろん、おもいでがそこに立ちあらわれるわけはなく、お父さんがそのまま前に進んで、テーブルを押し倒さずにすんだというだけだ。
 結局、お父さんは、女の子の質問には答えなかった。DVDプレイヤーが当たったことを喜ぶことより、その質問の方が残酷なことだってあるだろう、とわたしは思った。

「お待たせしました」
 店長が、保証書を段ボール箱の隙間に差し込んでセロテープで止めた。
 お父さんは、女の子の質問に答えなかっただけでなく、一言の声を発することもなく、わたしに背中を向けた。声を発しなかっただけじゃない。表情ひとつ変えることなく。お父さんは目が見えないだけじゃなく、口もきけないのかもしれない。口がきけないだけじゃなく、耳も聞こえなかったのかもしれない。耳が聞こえないだけじゃないのかもしれない。

 左手はDVDプレイヤーを持っているから、白い杖を持っている手を女の子の肩に添えて、道路を渡った。道路のこちら側と向こう側は商店街のアーケードがあって、陰になっているけれど、車道の辺りは直射日光が注いでいる。ふたりの肩と背中を厳しく打っているように見える。わたしは、あの二人の関係も、帰ってから彼らを迎えてくれる人がいるのかも知らない。当選したDVDプレイヤーが彼らの間でどのような役割を果たすのかも想像できない。あの人には、あの子の体温がどんなふうに伝わってるんだろう。

 わたしは、テーブルの上にある当たりを知らせる手持ちの鐘を、力一杯振って、思いっきり鳴らしてみたくなった。それで彼が振り向くかはわからない。わたしがその衝動に堪えきれなくなって立ち上がり、まさに鐘を手に取ろうとしたとき、突然、風が吹いてテーブルの上に重ねてあった「夏のおもいで」のチラシをさらうみたいに吹き飛ばした。五、六枚は吹き飛ばされたところで、全部を風にやられる前に慌てて手で押さえたわたしに抵抗するみたいに、吹き飛ばされたうちの一枚がわたしの顔に張り付いた。一瞬目の前が真っ黒になり、何が起こったのかわからなかった。さいわいわたしの場合は、チラシの紙が目をふさいだだけだったけれど、あのお父さんには、それからを大きく変える出来事が起こったのかもしれない。
 わたしが顔に張り付いたチラシを引きはがしたとき、もう既に、鐘を鳴らす理由を失っていた。