一台しかない一等のDVDプレーヤーの当たり玉は、もう出てしまっていて、わたしは「本当に入ってたんですねえ」と金色の玉を摘んで、店長のひんしゅくを買った。当てた女性も子ども連れで、「やったあ、やったあ」と飛び跳ねていた子も、チラシを裏返すと、水をかけられたみたいに動きを止めて、段ボール箱を手に下げた女性、多分お母さんに、
「おもいでって何?」
 と聞いた。



chapt. 2



 お母さんの方は、やっぱりすぐに答えられずに、少し放り上げた視線を女の子に返してから、
「お母さんのこと、何か憶えてる?」
 と聞き返す形になった。わたしは声の方を見上げた。てっきりお母さんだと思っていたけれど、お母さんが自分のことを、憶えてる? なんて聞かない。
「ちょっとだけ」
 と女の子が答えた。四歳か五歳か、まだ学校には上がっていないくらいに見える。
「それが思い出ね」
 と、わたしがお母さんと勘違いした女性が答えた。そう答えただけで、何を憶えているのかは尋ねなかった。わたしは二人の関係が気になって、次に女の子がこの女性を何と呼ぶかを待った。

「お母さんね。窓の向こうにいるの」
 女性から尋ねられる前に、女の子の方から何だか上ずった調子で話し始めた。店長が、箱に入れ忘れた保証書とかを慌てて用意している。二人の正面に座って、二人の会話を聞くともなく聞くことになったわたしは、何だかばつが悪く、立ち上がって当たり表の一等に黒い太マジックで横棒を引いて、DVDプレーヤーの文字を消した。それを横目でちらっと見た店長は何か言いたげだったけれど、満足げに腰に手を当てて消した文字を眺めているわたしを見て、口をつぐんだ。
「おうちの?」
 と女性が尋ねた。
「ううん。おうちのじゃない」
「窓の向こうで、何してるの?」
「窓の向こうで、こっちを見てる」 

 わたしはまた椅子に座って、正面に二人を見すえる形になった。女性は、そこにしゃがみ込んで、視線の高さを女の子に合わせると、女の子の頬に片手の指先で触れた。椅子に座っているわたしからは、少し見下ろす角度だ。それから、少し目を伏せて、ゆっくりと首を横に振った。その仕草は、嘘を言ってはダメ、と告げているようだった。女の子の方は、少しムキになったように、
「かが、いた」
 と、嘘でないことを証明するためにディティールを告げた。
「蚊が?」
「窓の向こうのお母さんに、かがが、止まっていたの」
「かがが?」
 わたしがくすっと笑うと、女の子は、どうしてわたしが笑ったのかわからなくて、こっちを向いた。まわりが「かがいる」とか「かがきた」とか言うもんだから、この子は、「蚊」のことを「かが」と思い込んでしまったんだ。
「か」
 と思わずわたしが口にした。「かが、じゃなくて、か」
 女の子は、今度女性の方を見て、こいつこんなこと言ってるよ、と目で訴えた。
「か」
 と、女性もちらっとこちらに目をやって苦笑いしながら答えた。
「か?」
 と女の子が聞き返すのに、
「か」
 と、女性は繰り返した。
「か、かあ」
 と、女の子は照れ笑いして、やっと納得できたみたいだった。

「お待たせしました」
 店長が、保証書を段ボール箱の隙間に差し込んでセロテープで止めた。
「ありがとうございましたー」
 二人の後ろ姿に声をかけたわたしの耳に女の子の声で、
「ディーブイディープレーヤーって何? おかあさん」
 と聞こえたのが、どう思い返しても聞き違いとは思えない。