夏のおもいで
大鋸一正   



chapt. 1


 わたしもここに座ってみるまで知らなかった。

 子どもたちのほとんどは「おもいで」を知らない。わたしがこれまで知らなかったのは、もちろん「おもいで」の意味じゃなくて、子どもたちがそれを知らないってことで、このチラシを作った人も、子どもたちは「おもいで」を知らないってことを知らなかったんだろう。

「おもいでって何?」
 と、就学前の子どもの半数以上は付き添ってきたお母さんか、お父さんに尋ねる。尋ねられた彼らも、わが子にこれまで思い出というものがなかったってことを、そこで初めて知るのだ。一般にもあまり知られていない。子どもが思い出を知らないってことは、思い出にとっても知られたくない秘密だったんだろう。

 長テーブルに置かれた福引きのガラガラの前に座って、福引きに来たお客さんにサマーバーゲンのチラシを渡す。商店街で夏休みのアルバイト。すぐに捨てられないように、チラシの裏にはお絵かき用の枠が囲ってあって、左上に「なつのおもいで」とひらがなで書かれている。

 枠の中に、この夏の思い出を絵に描いて、次回ご来店の際にお持ちいただければ、記念品と交換し、「なつのおもいで」の方は店頭に飾らせていただく、というありきたりな企画で、わたしはバカにしていたけれど、実際に受け取った子どもらは「おもいで」を知らないうちから、すぐにでも何か「おもいで」を描いて持ってきそうな勢いだ。

 経験した回数の少ない季節のことを理解するのも簡単ではないような気がするのだけれど、案外「なつ」のことはみんな知っている。それでいて「おもいで」は知らない。尋ねられ、あらためてお母さんお父さん、もしくはお兄ちゃんお姉ちゃん、お祖母ちゃんお祖父ちゃんは、「そうだなあ」と、視線を宙に泳がせるのだけれど、そのうちのまた半分くらいは「おもいで」の意味を見つけようとして、「おもいで」そのものに行き当たってしまい、アーケードの天井を突き抜けた眼差しの先端に何かを捉えてしまう。それをしゃぼん玉の中に閉じこめて、これがそうだとそこにいる子どもに示してやりたい。悪魔ならそれなりを値を付けてくれそうなものだ。

 ポロシャツ、短パン、サンダルの勤め人パパは、
「忘れないこと、かなあ」
 と、ひとりごちる。
「わすれないこと?」
 なかなかファンキーなTシャツの女の子が三倍ハキハキ聞き返す。手を取ったお父さんを見上げながら、
「しゅくだいのこと?」
 と、アスファルトの上の日差しの中に消えていった。
「そういう忘れない、じゃなくって」
 と笑うお父さん。宿題を知っている女の子は小学校一年生か。

 そうだね。出来事が授業なら、思い出は宿題かもね。わたしにも、まだ手つかずのものが残っているよ。
 わざわざ福引きでポケットティッシュを当てなくても、ティッシュならそこでキャッシングのを配っているんだけれど、ただで配るよりくじの景品にした方が確実にもらってくれる。受け取り拒否や、その辺に捨てたりする人はいない。チラシも一緒にもらってくれる。

 四等はティッシュだけれど、三等は麦茶パックで、二等は商品券、一等DVDプレーヤー。
 一台しかない一等のDVDプレーヤーの当たり玉は、もう出てしまっていて、わたしは「本当に入ってたんですねえ」と金色の玉を摘んで、店長のひんしゅくを買った。当てた○○○○○も子ども連れで、「やったあ、やったあ」と飛び跳ねていた子も、チラシを裏返すと、水をかけられたみたいに動きを止めて、段ボール箱を手に下げた○○○○○に、
「おもいでって何?」
 と聞いた。


『作者からのコメント』
 いただいた作品から、この続きを考えます。テキストを意識して描いてもらえると嬉しいのですが、テキストの内容にこだわらないで、人物や風景など、得意なものを描いてください。
 なお、終わりの方にある「○○○○○」は、応募された作品によってどんな人物にするか決めるつもりです。(たとえば、お母さん、お祖母ちゃん、お兄ちゃんなどが入ります)